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忘れ物をとりに。 『チェブラーシカ配給日記』 [ひぐらし硯 本のこと]

CIMG5909_copy.jpgこの本を見るたびに心の奥がずきんとします。

『チェブラーシカ配給日記』 
吉田久美子 チェブラーシカジャパン

吉田さんと初めてお会いしたのは、映像関連のワークショップの講師としていらしたときでした。

前置きをすれば、当時、こうした講座を見つけ時間を調整できるとわかれば、積極的に受けていました。今ほどSNSなどが発達していない世の中ですし、今ほど書店で働く人たちは、作り手と直接情報を交換することもあまりない時代でした。前時代のような感じの言い方ですが、ただもっとその前の時代なら、書店が出版社を作ったりその逆の事例もあるので、ちょうどわたしのいた時代の話かもしれません。

話を戻せば、当時の吉田さんは映画「チェブラーシカ」が大ヒットして、一躍「時の人」でした。先生と生徒という出会いではありつつも、吉田さんはとても気さくにお話してくださったのを憶えています。その後も、彼女が事務所兼カフェを構えたときにもご挨拶させていただいたりしていました。

自主流通で本を出すと聞いたときには、まさに「腕まくり」するほど、待ってました!と心躍りました。何もも持たない一人の女性が配給までこぎつけるという希望を手にするまでの内容ですから、多くの人に勇気を持たせるものでした。

チェーン書店の売れるであろうところに声をかけ、グッズも一緒に取引し、大々的に売り出しました。もちろん、お客様にも好評で、このまますべては順調にいくものだと思っていました。

ある日、所属している会社に内容証明が来ました。チェブラーシカの著作権に問題があるというものでした。店頭で販売しているものを引き下げないと訴えるという内容でした。

そんなことできない。引き下げることなどできるわけがないと声を上げたい気持ちでしたが、訴えられるのはわたしではなく、わたしのいる会社です。彼女がチェブラーシカを見たときのこと、配給までのいきさつや苦労を知っているだけにつらい決断でした。

その後、チェブラーシカの著作権は別の会社に移り、しばらくしてのちグッズも多くのお店で見かけることになりました。多くのグッズは一点の曇りもない、すっきりとした可愛さでした。片や、彼女の制作したグッズはどこかしら共産国特有の哀愁があり、愛すべきものでした。

わたしはそのどこか哀しげのあるチェブラーシカの表情が好きでした。

あのとき、自分は何ができたんだろうか。今でも悩むことがあります。

そして数年後、またその姿勢を問われた問題が起きたのですが、それはまた機会があるときに。

*ご紹介した本は1点ものですので、お品切れの場合はご了承ください。
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